生きること
2003年12月7日前の日記に書いたとおり、母の実家である出水(野田)へ行ってきた。正直、今回は辛い話があることも予想できて…行くのも気が重かった。
8時半前に出て、到着したのは10時過ぎ。それからすぐにじいちゃんの入院している病院へ。行ったところでばったりじいちゃんと会った。今からエコーだと…
それで20分待ち。その間に母の妹家族もやってきて計7人。随分と大人数になってしまったものだ…
検査から帰ってきて、しばらくの間部屋で話したり。そうしていると「ご家族の方はこちらへ」という。もちろんこのことはじいちゃんも知っていて、30分くらいの間、自分と弟、そしてじいちゃんだけが部屋に残った。そこでは本当に他愛のない話ばかりで普段と変わらぬ会話ばかり。心配していたよりも元気そうで…少しは安心した。その時に家族は深刻な話を聞かされていたのだけど…
じいちゃんも疑心暗鬼の状態だということはよく分かった。成人式の話になった時、「じいちゃんはもう長くないから、家のタンスの戸棚にお祝いのお金があるから持っていけ」って…。そんな弱気でどうするの!って言ったら、「SやYが結婚して立派な姿を見るまでは元気にしてないとね」って…頭の中には癌という言葉がずっと巡る…でも言えない。家族への説明が長いことにも色々と詮索される。その度に「先生が忙しいから来れないんだよと苦し紛れの言い逃れ…もの凄く長い時間だった。
説明から戻ってきた家族の表情から全て読み取れた。父が病状を誤魔化す…でも何もかも分かった。病室を出て…何故か涙が溢れてきた…説明だって聞いてなかったのに。
病状は絶望的だった…。3月に手術した時点で手遅れだったようだ。悪い部分は全て摘出したと医者は言っていたが、それは違った。余命は月単位だと…医者からは「ここまで元気にいられたのは長かった方」だとも言われたそうだ。今年の歳を越せるか分からない、たぶん大丈夫だと思う…ということまで。
涙が溢れて止まらず…ずっと泣き続けた。
昼食を摂って、ある親族の家で会議。それは今後のこと…「告知すべきか、すべきでないか」苦しい苦しい選択を家族に迫られた…悪夢だった。医者は「告知すべきだ」と言った。しかし、告知は治る見込みのある人、残された命がまだある人、言っても冷静に受け止められる人でないといけないと思う。じいちゃんは冷静に受け止めれる人だと分かってる。でも医者が月単位だと言っている以上…これ以上病状を悪化させるわけにはいかない。自分はそう思っていた。結論としても告知しないということになった。告知しないと決めたのは、ばあちゃん…これから家族みんなが苦しむことになるけど決まった以上、みんなで貫き通す。じいちゃんも8割方悪い病気だと思っている。それでも…言えない、言うまい。生きる希望だけは持ち続けて欲しいから…
こんな最悪な状況でも奇跡は起こると信じてます。もう食べることは出来ないと言われました。余命は月単位だと言われました。それでも奇跡は起こる!
命は医者が決めるものではない。余命が月単位だと言われても、これから先何年も過ごせるかもしれない…元気になれるかもしれない。
伊集院のばあちゃんには大学の合格を知らせることが出来なかった…でも、野田のじいちゃんには知らせることが出来た。もうすぐ成人式もある。絶対にその姿を見てもらう!
何が何でも元気になってもらう…
8時半前に出て、到着したのは10時過ぎ。それからすぐにじいちゃんの入院している病院へ。行ったところでばったりじいちゃんと会った。今からエコーだと…
それで20分待ち。その間に母の妹家族もやってきて計7人。随分と大人数になってしまったものだ…
検査から帰ってきて、しばらくの間部屋で話したり。そうしていると「ご家族の方はこちらへ」という。もちろんこのことはじいちゃんも知っていて、30分くらいの間、自分と弟、そしてじいちゃんだけが部屋に残った。そこでは本当に他愛のない話ばかりで普段と変わらぬ会話ばかり。心配していたよりも元気そうで…少しは安心した。その時に家族は深刻な話を聞かされていたのだけど…
じいちゃんも疑心暗鬼の状態だということはよく分かった。成人式の話になった時、「じいちゃんはもう長くないから、家のタンスの戸棚にお祝いのお金があるから持っていけ」って…。そんな弱気でどうするの!って言ったら、「SやYが結婚して立派な姿を見るまでは元気にしてないとね」って…頭の中には癌という言葉がずっと巡る…でも言えない。家族への説明が長いことにも色々と詮索される。その度に「先生が忙しいから来れないんだよと苦し紛れの言い逃れ…もの凄く長い時間だった。
説明から戻ってきた家族の表情から全て読み取れた。父が病状を誤魔化す…でも何もかも分かった。病室を出て…何故か涙が溢れてきた…説明だって聞いてなかったのに。
病状は絶望的だった…。3月に手術した時点で手遅れだったようだ。悪い部分は全て摘出したと医者は言っていたが、それは違った。余命は月単位だと…医者からは「ここまで元気にいられたのは長かった方」だとも言われたそうだ。今年の歳を越せるか分からない、たぶん大丈夫だと思う…ということまで。
涙が溢れて止まらず…ずっと泣き続けた。
昼食を摂って、ある親族の家で会議。それは今後のこと…「告知すべきか、すべきでないか」苦しい苦しい選択を家族に迫られた…悪夢だった。医者は「告知すべきだ」と言った。しかし、告知は治る見込みのある人、残された命がまだある人、言っても冷静に受け止められる人でないといけないと思う。じいちゃんは冷静に受け止めれる人だと分かってる。でも医者が月単位だと言っている以上…これ以上病状を悪化させるわけにはいかない。自分はそう思っていた。結論としても告知しないということになった。告知しないと決めたのは、ばあちゃん…これから家族みんなが苦しむことになるけど決まった以上、みんなで貫き通す。じいちゃんも8割方悪い病気だと思っている。それでも…言えない、言うまい。生きる希望だけは持ち続けて欲しいから…
こんな最悪な状況でも奇跡は起こると信じてます。もう食べることは出来ないと言われました。余命は月単位だと言われました。それでも奇跡は起こる!
命は医者が決めるものではない。余命が月単位だと言われても、これから先何年も過ごせるかもしれない…元気になれるかもしれない。
伊集院のばあちゃんには大学の合格を知らせることが出来なかった…でも、野田のじいちゃんには知らせることが出来た。もうすぐ成人式もある。絶対にその姿を見てもらう!
何が何でも元気になってもらう…
コメント